帯広時間旅行 ⑨

今回は、皆さんにもなじみ深い十勝初の百貨店「藤丸」ができた昭和5年の広小路です。

昭和5年ころの広小路

士幌線 広尾線 十勝鉄道が開通し、帯広は十勝の農産物集散市場となり、旭川や釧路を取引場所にしていた雑穀商が帯広に進出し、産業都市となりました。

昭和5年十勝初、エレベーターを備えた百貨店「藤丸」が開店しました。

銀座街(平原通り商店街)夜店通り(広小路商店街)が形成され、今日の帯広の中心地になりました。

その頃の日本

1929年にアメリカから起こった世界恐慌が日本にも波及し、不況が深刻化になりました。

昭和5年、紙芝居に「黄金バット」登場しました。

流行語 銀ブラ(銀座をぶらぶら歩く)・OK

流行歌 「祇園小唄」藤本二三吉 「すみれの花咲く頃」宝塚月組

物価 コーヒー 10銭 白米(2等)2円31銭 映画館入場料 40銭

122年も続いた帯広の百貨店「藤丸」も令和5年1月31日惜しまれながら、閉店してしまいましたね。

次回は昭和10年ごろの大通り跨線橋です。