花芳さん サイドストーリーNO.1

昭和11年からある、帯広の老舗

花芳の開業は昭和11年。きっかけは先々代がリアカーを引きながら花を販売していた。昭和13年大通り6丁目を東西に走る『北大市場』という市場が帯広にあったころ、市場の角地に居を構えていた。

創業85年になる花芳、その屋号は先々代の妻の名が『芳美』であったことから、名前と花を1文字取り『花芳』という屋号にしたという。

生け花が高校の授業にあった時代

時代は古く、帯広北高校が東3条にあり『渡邊女学校』という名前だったころ、生け花の授業が週に2回あり、当時は寝る暇もないほど花を学校に卸していた時代もあった。

他にも昭和の時代、花は企業の御用にされ、月曜日には一斉に各店舗に発送するほど多用されていた。高級品の扱いであったにもかかわらず、花束や花輪など多くの需要で旺盛を極めており当時はとても忙しいことを振り返る渡部社長。

十勝沖地震を機に、今の電信通りに転居

3代目になったころ、今から30年前の平成15年に十勝沖地震があり、当時昭和の建物だった花芳の店舗はその地震に耐え切れず、店舗に亀裂が走ってしまったため、空き地を探していたところ、現在の電信通りが空いており、転居を決意。

平成の失われた30年とともに、需要が変化

バブル期を過ぎた平成時代、企業の停滞とともに、花屋の需要も先細りするとともに『生け花』という作法も徐々に忘れられていく。花束を作ることや花を美しく見せる文化より、花は花屋に任せ、手間のかかるものは遠慮がちに。

そういう風潮の中、ブーケなどの安易な花や、プリザーブドフラワー、造花などの手間の煩わしさがないものに置き換えられつつある。

これからは『花育』

渡部社長が提案する『花育』は、『食育』のように、幼少期から花に親しんでもらい、花とともにある暮らしの良さを広める気概ある取り組み。

独自に展開する『1輪110円キャンペーン』や『週末お花のプレゼント』など、先駆的な取り組みは、業界自体も同様の風潮が見られ、業界が展開する『子どもフラワーアレンジメントイベント』や『フラワーワークショップ』などにも、積極参加。花屋が一番盛り上がる8月7日花の日に向けて、「一家に一花」の思いを今日も広めている。